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2012年7月26日 (木)

ターニング・ポイント

この言葉は人生において幾度か出会う言葉ですね。

今回はオーディオに関してのターニング・ポイントを書いてみます。

今振り返ってみると私のオーディオ人生においてはそれこそ何度もターニング・ポイントを経験して来ました。

そんな中から今の我が家を建てた時以降のターニング・ポイントについて書いてみます。

そもそもこの家のコンセプトはオーディオを目一杯やりたくてがメインの家ですから...。

この時点では兎に角建てることそのことが目的でその後中身が埋まって来るとどう言う状態になるのかなんて全く想像・予測すら出来ていませんでした。

案の定建てた後は紆余曲折の長く、楽しくも苦しい時間を経験することになりました。

我が家のように安普請でも空洞の状態に毛が生えた程度の時はビンビン響くライブそのモノでした(;´Д`A ```。

実際はデッド環境なのですが遮るモノがない分余計かつ不快な響きだけが残ってしまうのです。

これは後年サーロジックのパネルやゴミ同然の硬い不整形な置きモノ等で適度な反射角度が形成されそれなりに落ち着いたと思っています(ここまで来るのに約15年以上掛った)。

しかるに壁構造の空間は柱がない分、小スペースで区切れない(響きの遮断・抑制がし難い)構造の為低い帯域の残響音が長く続く(不快になる)。

ここが先日アップした住環境とオーディオ環境は違うよ、と言う最大のポイントです。

遮音・防音・断熱ばかりを優先させると音響空間としては取り返しのつかない結果が待っています。くれぐれもお気を付け遊ばせ...。

話戻って

つまりオーディオがメインで当初は別荘として建てた今の我が家ですがそのまま予定通り60歳まで東京のマンション住まいをしていた場合(仮定)との(想定)比較です。

同時進行は出来ませんので飽く迄も今振り返って見ての判断です。

1.現状のレベルは別として60歳で転居した場合は当然今の環境にすらなっていない。

2.17年間東京~伊豆を行き来していた場合、時間・資金・体力のロスが加わって来るので今のレベルに達することは到底無理です。

3.結果で判断しているので今は何とでも言えますが当時は銀行に居残って果たして大丈夫かと言う切羽詰まった状況にあったので60歳まで持ちこたえることが出来たかどうかそれ自体が怪しい。

それは銀行自体の先行きよりも私自身が立ちいかなくなる可能性が大だったと言う意味です。

今盛んに言われている住宅ローン破産は私の場合、17年以上前から頭の中ではその不安が過っていました。

つまり予想もしなかった収入の激減(それまでは少ないながらも増えて行くのが当たり前でローンを組んでいたからです)は全ての計画を白紙にして見直さざるを得なくなりました。

幸い私は独りなので誰に相談することもなくまさに自己責任による思い切った最終決断が早く出来たのがせめてもの救いでした。

その結論が割増金付きの早期退職でした。

その後は悲惨な生活を長年余儀なくされましたがこれもオーディオが傍にあったので心が折れ掛っても耐えることが出来、生き永らえたモノと思います。

その意味でもオーディオに感謝しています。

そして今では当時下した判断は良かったと思っています。

「寄らば大樹」の気持ちが少しでも残っていて未練がましく東京に居残っていたら今の姿はないでしょう。

もっと悲惨な状態に陥っていた可能性が高い。

二兎を追うモノは一兎をも得ずとは良く言ったモノですね。

別荘(=週末田舎)暮らしも6年間楽しんだのが今となっては懐かしき良い思い出です。

別荘は時間・お金があって目的が明確である以外は持つべきでない、と言うのが私の考えです。後体力も必要...。

まぁ、私の場合は終生別荘を持った暮らしをすると言う贅沢なことは端から考えていなかったので移住が早まった分オーディオに関してはそれなりに納得の行く環境造りが出来たと思っています。

これも今やっと極貧から普通の貧乏暮らしになったから言えることですが...。

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