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2017年8月26日 (土)

庭木(の剪定)とオーディオ

体が不自由になってからやっていることなので自ずと限界がありますが庭木の枝抜き・剪定で景色の眺めは随分変わります。

ここに家を建ててから早26年経ちました。

庭木も当時乃至はその数年後に植えたモノと自生(実生)の木がホンとすくすくと成長して庭の灌木類・草花に日が当たり難くなりました。

これではいかんと遅きに失しましたが老体にムチ打って出来る範囲で枝抜き・剪定をすることにした次第です。

勿論第一の目的は庭の灌木類(下草等)に出来るだけ陽が当たるようにと言うことです。

庭は当初から目的を持って作ると言うやり方もありますが我が家の庭はそうでなく出来るだけ雑木林風の自然体にしたかったのです。

又そうでなければ(20~25年以上の時間経過による)木々の成長によってどう言う変化が現れるかが分かりません(その変化が実は楽しみでもありますから)。

今年になってやり始めて見て余計にそのことが良く分かりました。

伸び放題に伸ばしてその後自分の好みの形に仕上げる、これが一番の醍醐味です。

これらはオーディオに相通ずるところでもあります。

最初から考えに考え抜いてやっても先ずはその通りになることは殆どあり得ない。

私の一番の趣味であるオーディオでそのことを嫌と言うほど味わって来ました。

ですから庭は逆のパターンでやって見てはどうかなと思ったのです。

オーディは機器が成長することはないけれど機器の数が増えたりして当初予想していた以上の大所帯になりレイアウトの変更をせざるを得ないことは充分あり得る。

これは自然の成長とは違うけれど似たようなものだと思ったのです。

手を入れることが共通することとして不要なモノは極力削ぎ落とすと言うことです(使いもしないモノを後生大事に持っていても場所を取るだけ・・・私はアクセサリー類はルームチューニング用のパネル以外はない)。

これで(風景・音の)見通しは随分と良くなります。

庭木も最初から大きくしないと言うことであれば高木類は植えられません。

でもこれでは私は庭そのものの成長は望めないので面白くないと思っていました(箱庭的なこじんまりとしたモノはオーディオでも庭でも好みではありません)。

今では高さ15m前後に育った木も何本あるか分かりません。

当然不自由な体では処理出来る範囲は物凄く制約があり限られています。

でも今ではそれでも良いと思っています。

出来る範囲でやる、これもオーディオと一緒です。

背伸びも無理もしません(やる度に体が痛くなるので結果としては多少は無理をしているのかも)。

身の丈に合った範囲で目指す高みに近付ける、これが私の考えであり狙いです。

やっと双方とも朧げながら姿が見えて来た。

さぁ、これからが本番だ!!(時間切れになる可能性大かも...(汗))。

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